2015年3月27日金曜日

家裁が嘘まみれなことについて

結局あれらは、つき放題ということなんだろうかね、と。

TEDに、Pamela Meyer: How to spot a liarというプレゼンがあって、
まあ見破り方とか教えてくれてるんですが、
そこでのとくに「なるほど」は、
嘘は、つくものとつかれるものの両方がいて成立するのだ、
後者も嘘に加担しているんだってことでした。

たしかに、相手にとって都合のいい嘘ほど、よく通るわけです。
バブルだって、あれは信じたい人が多いから、ああなってる。
「ひとは信じたいものを信じるのだ、真実をじゃない」。


連れ去られ側のいうことを一切無視して、連れ去り側の嘘を端から採用するのは、
そのほうが裁判所にとって都合がいいから、でしょう。
なぜ都合がいいか? ずっと、「継続性の原則」という、間違った仮説を
信奉してきたから。その仮説はアメリカのとある法学者が考えたもので、
彼は日本に来日してその自説をひろめていきました。本国ではそれは
調査データのもとに否定されて、以来かえりみられることがありません。
日本では(おそらく「裁判所が間違っていた」ことを認めたくないために)
まだ幽霊のように生き残っている。たいへん愚かしいことだが事実です。

騙されたがっている人に、都合のいい嘘をふきこむやつらがいて、
それが日本の家裁のうそまみれな状態をつくりだしています。
法律では、調査官の仕事は事実を調べることなのだけど、
彼らはその嘘に加担することを平気でしています。
いやむしろ、事実を調べるための能力に欠けています。
方法論ができていないし、手段もない、気構えもない。

人証の際に宣誓をして、それに違反したら罰則があります。
しかし調停でも審判でもそうした手続きはないですよね。

こうした状況が、家裁を嘘まみれにしていく。
その責任の半分は、嘘を信じたい家裁にあります。


ま、そんなわけで、家裁ではほんとうに目も当てられないような嘘が横行しています。
つかれた側はたまったもんじゃないけど、いちいち、傷ついたりしないほうがいいです。
あなたが相手をしているひとは、しょせん、その程度のひとだったということ。
冷静にひとつひとつ、つぶしていって、それは文書化しておきましょう。