2014年4月9日水曜日

翻訳・疎外親への対処方法

Journal of Divorce & Remarriage, Volume 28(3/4), 1998, p. 1-21

自分の子供に片親引き離し症候群を誘発する親たちに対処するための提言

リチャード A. ガードナー

要約: 片親引き離し症候群は、きびしい親権争いの事件でよく見かけられる。3種類のタイプ(軽度、中度、重度)があり、それぞれで異なる特別なアプローチを、法律の専門家とメンタルヘルスの専門家の両者から、必要とする。この論文の目的は、これまでの著者の提言に対してのする誤解を訂正しつつ、治療法への新しい改良(特に、重度のタイプにたいへん有効な、過渡的に子どもを預かるプログラム)を紹介することである。片親引き離し症候群の家族に適切に対処するには、法律の専門家とメンタルヘルスの専門家の間の緊密な協力が必要で、この協力がなければ治療のアプローチはなかなか成功しない。しかしこのような協力があれば、多くの場合、たいへん高い治療効果が期待できる。

片親引き離し症候群


片親引き離し症候群(PAS)は、子どもの親権紛争にほぼ特有に発生する疾患である。それは、一方の親によるプログラムをうけた子供たちが、他方の親への誹謗中傷のキャンペーンを始めるという障害である。子どもたちは(もしあったとしても)ほんの少ししか、嫌っているとされる親(多くの場合、嫌悪の対象はその親の家族にまで広がる)両面感情を示さない(*悪いところも良いところもある、という見方をせずに、全部が悪であるというように極端な認識をする)。ほとんどの場合、母親がそのようなプログラミングをし、父親が中傷のキャンペーンの犠牲者である。しかし、小さな割合ではあるが、プログラマーが父親で「嫌われている」とみられる親が母であることもある。さらに、ここではこれを一方の親による、他方の親に対立させるシンプルな「洗脳」としては扱わない。しばしば子ども自身による中傷のシナリオが、プログラムをする親によって発令されたものに貢献・補完するからだ。これら両者の障害への寄与を示すために、片親引き離し症候群(PAS)という用語を導入した。子供の認知の未熟さゆえ、彼らのシナリオは多くの場合、(大人からみると)非合理である。もちろん、嫌われている親が本当に虐待に加担しているなら、子供による疎外は正当なもので、PASの概念は適用できない。

片親引き離し症候群を軽度、中度、重度にわけることができる。これら3種類の違いを詳細に説明するのは、このレポートの目的を超える;いま大切なのは簡潔な要約だ。軽度では、疎外は比較的に表面的であり、子どもたちは基本的には面会に協力するが、ときどき批判的になったり、不機嫌になったりする。中度では、疎外はより手強くなる。子どもたちはより破壊的かつ無礼になり、中傷のキャンペーンはほぼ継続的になりえる。重度になると、面会はほぼ不可能になる。敵対しているのは子どもたちであり、嫌っている親にたいして物理的な暴力をふるうようにさえなる。その他の行為も表出化する;面会している親を根深い苦悩に苛まさせることを目的とする行為である。多くの場合、子どもの敵意は偏執症のレベルにまで達する:迫害されるという妄想や、あり得ない状況において殺害される妄想や、あるいはその両方を持つようになる。

以下のリストは、PASの原発性(第一次的におきる)の症状である(ガードナー、1992年)。
  • 中傷のキャンペーン。
  • 薄弱・軽率・または不条理に、軽蔑を正当化する。
  • 両面感情の欠如。
  • 「独立思考者」現象。
  • 親間の対立に際して、愛している親を反射的に支持する。
  • 「嫌いな」親への中傷や搾取に、罪悪感が欠如する。
  • シナリオを借用する。
  • 嫌いな親の友人や親戚にまで憎悪の対象が拡大していく。

  • PASに関する著書での提言がいくつか誤って解釈されている。この論文の目的は、まずその誤解を解くことだ。これらの提言は適切な形で実行されてこなかった。それが不幸な・悲惨な結果を招いている。また、1992年の出版以降に改善できた点をここに示す。PASの各タイプごとの症状を表1に、それぞれの対処の方法を表2に要約する。

    母親が子どもにプログラミングすることが父親よりもはるかに多いので、ここではPASをおこす側を母親、子供の中傷のキャンペーンの犠牲者を父親と標記する。もちろん、PASをおこさせているのが父親で中傷のキャンペーンの犠牲者が母親なら、ここでの母親のための提言は、父親に適用する必要がある。(*時代変遷とともに父親が疎外親である事例も増え、著者もこの扱いの不適切さを認めて撤回している。しかしここでは歴史的な背景を明らかにするため、このまま訳出する。)

    遺憾にも、片親引き離し症候群が、特に長期間にわたる実際の虐待をうけた子供が、親に抱く憎悪を表すために用いられることが、しばしば起きている。この用語が、親の虐待の主要なカテゴリー、すなわち物理的、性的および心理的な虐待に適用されることがある。このような用法は片親引き離し症候群への誤解を端的に示している。この用語は、子供による中傷のキャンペーンを正当化するどんなことにも、その親が実際には加担していないときにだけ、適用できる。典型的な事例では、むしろ標的親は通常の愛ある子育てをしてきたことを審査官が認めることが多い。または最悪の場合でも親としての能力にごくわずかの問題を認める程度である。これが、片親引き離し症候群の特徴である、マイナーな弱点や欠点の誇張である。本物の虐待が存在した場合は、子の敵意ある反応は正当なもので、これに片親引き離し症候群という診断は適用できない。

    片親引き離し症候群を引き起こしていると疑われた母親は、ときに、子供の中傷キャンペーンは、本当に(父親からの)虐待ないしネグレクトがあったのだから正当なものである、と主張するだろう。片親引き離し症候群の主張は、非難されている親が自分の虐待やネグレクトを隠蔽するためにおこなっている隠蔽、陽動作戦であるという主張だ。これが事実である場合も、そうでない場合も、ある。このような非難の応酬、すなわち「真の片親引き離し症候群」対「真の虐待およびネグレクト」が起きた時は、裁定者は子供たちの告発を公正に吟味せねばならない。 状況によっては、この違いは簡単にはわからない、得に若干の虐待やネグレクトがあり、そこに片親引き離し症候群が重なっていて、虐待の状況から考えられるよりもはるかに軽蔑の度合いがひどくなっている場合には難しい。妥当な診断をするために、いつも厳密な公平性が求められるのはこのためである。子供と親の、個々・同伴のインタビューの組み合わせは、この重要な違いを見分けるためには、おそらく最良の方法だ。

    近年、一部の専門家は、親権争いの過程での虚偽の性的な虐待の訴えにたいする用語としてPASを使用している。いくつかの場合において、これら用語は互換的に使われてさえいる。これは、PASの概念の重要な誤解である。PASが存在した多くの事件で、性的な虐待の告発はなされなかった。いくつかの事例ではむしろ、他の排他的な作戦が全て失敗した後にはじめて、性的な虐待の告発が出てきている。性的な虐待の告発は、だから、ほとんどの場合、PASのスピンオフ、または二次的な誘導物であり、PASと同義では決してない。さらに、離婚訴訟の過程では、PASとは無関係に性的な虐待の告発がなされることがある。このような状況下では、当然のことながら、告発が夫婦間の分離よりも先んじているときには特に、真の性的虐待が生じている可能性に真剣に考慮を払う必要がある。

    PASの子供への法的および治療的アプローチに関する決定をする前に、適切な診断評価が重要である、特に軽度・中度・重度のいずれのタイプになるのかが。それぞれのタイプは、かなり異なるアプローチを必要とする。これを誤ると痛ましい結果を招き、すべての関係者に多大な心理的外傷を残す可能性がある。この原則は、適切な診断が治療に先行しなければならないという、古くからの医学の伝統に沿うものだ。さらに評価者は、PASのタイプは母親の努力の度合いで決まるのではなく、洗脳の試みがどの程度に成功したかによって決まることを理解すべきだ。分類を決定するのは子に顕れたPASの症状であり、洗脳に際しての親の努力の度合いではない。母親が執拗なキャンペーンを開始することの目的は、子供が手強く彼を憎む程に父親を貶めることだ。しかし、父親の愛情と、子への関与は、深く染み付いているものだ。父親の結合がとても強いときは、母親の努力が成功しない場合もある。子供の年齢が高いほど、母親の努力は成功しにくくなる。

    軽度のPAS

    症状

    軽度のカテゴリーの子どもは、8つの主な症状について、比較的に表面的な兆候しか示さない(表1)。ほとんどの場合で、これらの8つの症状うちのいくつかだけが見られる。ほとんど、全てではないにしても、が見られるのは中度か、特に重度の場合だ。面会は通常、引き渡しの際にちょっとした困難さがあるだけで、あとはスムーズである。父親の家にいる間は、中傷のキャンペーンの主な動機は、母親との、健全でより強い心理的な結合を維持することである。

    法的なアプローチ

    < 通常、軽度のPASに必要なのは、母親に親権が残ることを裁判所が認めることだ。このような状況下でPASは、格別の治療や法的介入なしに緩和する可能性がある。

    心理療法のアプローチ

    ほとんどの場合、軽度のPASの症状のためには心理療法は必要ない、それら症状は裁判所が母親を親権者に指定する決定を行った後、消えるだろうからだ。しかし、離婚にともなうその他の問題の解決のために、心理療法が必要になることがある。



    表1: 片親引き離し症候群の3つの段階の、症状の違い


    主な症状 軽度 中度 重度
    中傷のキャンペーン 最小 中度 手強い
    薄弱・軽率・不条理な、軽蔑の正当化 最小 中度 多数の不条理な正当化
    両面感情の欠如 正常な両面感情 両面感情なし 両面感情なし
    独立思考者現象 普通はない ある ある
    親間の対立での疎外する親への反射的な支持 最少 ある ある
    罪悪感の欠如 普通の罪悪感 最少か欠如 欠如
    シナリオの借用 最少 ある ある
    標的親の親戚へと憎悪の対象が拡大 最少 ある 手強い、しばしば狂信的
    訪問面会時にすぐ慣れるか 普通は慣れる 中度 手強い・訪問できない
    訪問時の行為 良好 時折、敵対的で挑発的 訪問しない・破壊的で、訪問中はずっと挑発的
    疎外する親との結びつき 強い、健全 強い、軽度から中度に病的 深刻に病的、 偏執的な結合
    標的親との結びつき 強い, 健全か やや病的 強い, 健全か やや病的 強い, 病的


    表2: 片親引き離し症候群の3つの段階の、治療法の違い

    軽度 中度 重度
    法的なアプローチ 親権は母親に残すと裁定 プラン A  (もっとも一般的)
    ・親権は母親に残すと裁定
    ・裁判所によるPAS セラピストの選定*

     制裁:
     金銭 →  自宅監禁  →  収監


    プラン B  (時に必要になる)
    ・親権を父親に変更するよう裁定
    ・洗脳防止のため、厳しく制限された・
     かつ必要なら監視つきでの母親の訪問面会
    親権を父親に変更するよう裁定(ほとんどのケースで)

    裁判所命令による、過渡的な仲介所を中継してのプログラム**.
    精神療法のアプローチ 通常は不要 プラン A  (もっとも一般的)
    ・裁判所が選定したセラピストによる治療*

    プラン B  (時に必要になる)
    ・過渡的な仲介所を用意して行う、
    監視つき治療プログラム**

    過渡的な仲介所を用意して行う、セラピストによる監視つき治療プログラム**
    * Gardner, R. A. (1992), The Parental ALienation Syndrome, Cresskill, Nj: Creative Therapeutics, Inc. pp. 230-245.

    ** ________ (1992), The Parental Alienation Syndrome, Cresskill, Nj: Creative Therapeutics, Inc. pp. 334a-334h.

    中度のPAS

    症状

    最もよく見られるのが中度だ。母親のプログラミングはより手ごわく、様々な排他的戦術を用いている可能性が高い。主な8つの症状がすべて存在しがちで、それぞれが軽度の場合より進行しているが、重度ほどの広がりがない。中傷のキャンペーンはより鮮明になる;(子供が父親を軽蔑するのを聞いて)母親が喜ぶのがわかるので、子の引き渡しの際にはとりわけ悪化する。子どもたちの悪口は、軽度で見られるものよりも、狂信的である。それぞれの両親に必然的にいだくはずの普通の両価感情が存在しない;父親はすべて悪い、母親はすべて良いとされる。父親に対する辛辣さは全て自分自身の気持ちからくるものと公言する。父母間のどんな対立に際しても、反射的に母親を支持するだろうことが明らかである。父親の悲しみにたいしての鈍感さから精神病が疑われるほど、罪悪感が欠如している。中傷のキャンペーンにはシナリオの借用が見られがちである。軽度であれば父親の親族には愛情ある関係が保たれるが、中度では親族は父親のクローンとして見られ、同様の嫌悪感や中傷のキャンペーンにさらされる。

    軽度であれば引き渡しの際にちょっとした問題がある程度だが、中度になると移送の際に手強い問題を起こす可能性がある。しかし最終的には子どもらは父親と行きたがる;母親が見送っているあいだ、子どもたちは普通には大人しく、ガードを下げて、自分の父親に好意的にする。これは重度の時とは対照的で、重度だと訪問が不可能になるか、あるいは逆に、絶え間ない中傷、財産の破壊、繰り返す挑発によって、訪問を不可能にするかのどちらかである。子どもたちの中傷のシナリオの主な動機は、母親との強い、健康的な心理的な結合を維持することだ。

    法的なアプローチ

    私は、中度の場合にはまだ、母親が主に親権を持つことを勧める、母親のPASの誘導が残るにもかかわらず。中度では通常、まだ子どもたちが最も深く結合してきた親であろうし、その役割を続けることは筋がとおっている。この裁定はいくぶんPASを和らげるかもしれないが、その症状がすべて消滅するとは考えにくい、彼らはこの命令がだされた時点ではとても密接に閉じこもった関係にあるからだ。

    ほとんどの事件では母親が主な親権者に裁定されるので、その後も訪問による面会への抵抗は続く。これは、父親が何らかの形で卑劣であるとして、母親と子ども両者の脳内回路が塹壕に立てこもった結果である。そこでほとんどの事件で、裁判所の命令をうけたセラピストが、自分の事務所を引き渡しの場所に使い、訪問がたしかに行われていることをモニターして、面会実施に何らの問題もないことを報告する必要が生じる。このセラピストはPASに精通し、特殊で厳密な治療アプローチをもって母親と子ども両者の症状を緩和できる人物でなければならない。

    どんな言い訳があろうと、子どもたちが父親を訪れていないほとんどの場合で、反抗的な母親は、様々な法的制裁が課されることを裁判所から警告される必要がある。これは反抗的な母親に面会への協力を「思い出させる」だけでなく、子どもたちにも大変に有用である。それは、この警告が子どもたちに訪問する口実を与え、母親に対しての後ろめたさを緩和できるからだ。そうでなければ、子どもたち自身は父親に会いたがっていることを、母親に認めることになってしまう。子どもたちは母親にこう言える。「わたしは彼が嫌いで、会いにいきたくない。でも、もし会わなければ、裁判官がお母さんを罰するでしょ。」 この点で、制裁の重要さは、実際には発動されなかったとしても、筆舌に尽くしがたい。

    私は一般的に、このような制裁の最初のレベルは罰金、たとえば扶養手当の減額など、を勧める。これが面会の実施に効果がない場合には、短い期間の自宅軟禁を命じられるべきだ。自宅軟禁の最初のレベルでは、女性は単に警察による伝統的な監視なしに「判決」の所定の時間枠の間、自分の家にとどまることを要求される。一般的には、数日の「判決」、例えば、子どもの週末の訪問の時間で十分だろう。その時間枠の間に外出したら逮捕されるということを周知徹底しておく。これが失敗した場合は、より正式なアレンジがなされるべきだ;つまり、足首に発信機をつけ、警察から24時間体制で、ランダムな時間に家に電話がかけられる。もしこれでもだめなら、短い期間、本当に留置する必要がある。私はこれらの女性が常習犯罪者の刑務所に投獄されることを推奨しない、むしろ留置場での短期間を提案している。ほとんどの場合、罰金の意識や投獄の可能性を意識することだけで、それら母親が父親の家に子どもを送り届ける十分な動機付けになる、そのような訪問にたいしての抵抗は残るにもかかわらず。残念ながら、私の経験では、裁判所は一般的に、こうした制裁を課すことを望まないため、それら中度のカテゴリーの母親は、PASのプログラミングをあきらめない。

    私は裁判所に、もうひとつ一般的な提言がある;同じ方法を、養育費を支払わない父親に適用することだ。通常このような状況下で罰金は課されないが、(特に週末)の短い刑期、家や刑務所内のいずれかで、は非常に有効であることが証明されている。子供にPASを誘導することは、児童虐待、より具体的には心理的な虐待の一形態である。養育費を支払わないことは、窮乏させるという点で、また児童虐待の一形態である。裁判所は両方の虐待者に、彼らのやり方を再考させるだけの権力をもっており、また裁判所はセラピストよりもずっと迅速かつ効果的にこれを行うことができる。

    精神療法のアプローチ

    裁判所の命令による治療、それも単にPASに精通しているだけでなく、その命令のために厳密なアプローチを用いることに慣れたセラピストによる治療が重要である。セラピストは訪問数を監視し、受け渡し場所として自分の事務所を使用し、面会を行う上でのどんな問題も裁判所へ報告する。裁判所への直接の連絡がとれず、裁判所が意味のある罰則を用意しないことには、この試みはうまくいかないだろう。この治療プログラムの詳細は、拙著「片親引き離し症候群」(ガードナー、1992)の230から245ページに示されている。

    中度のPASのほとんどの場合で、上記のプログラムが有効であることが証明されている。しかし、成功は裁判所とPAS家族のセラピスト双方が密接に協力できるかどうかにかかっている。裁判所が有効な制裁手段をとれなかったり(よくあること)、セラピストが前述のような治療に必要な条件を満たさなかったり(これもよくあること)すれば、子どもの症状を軽減できる可能性は低い。するとおそらく重度のカテゴリーへと進行する。このような状況では、重度のカテゴリへの進行と――と生涯にわたる疎外になる可能性――から子供を保護する唯一の希望 は、主たる親権者を父親に変更することだ。親権の移行は、しかしながら、以下のときに限られるべきだろう:母親からのプログラミングが非常に根深く長期にわたっていて、制裁やPASの治療プログラムが効果がないのが明確なとき。このような状況のひとつの例では、母親は明らかに偏執的で、治療に協力することを全く拒否し、投獄が彼女の妄想に何ら影響しないことが明白である。このような状況下では、PASが重度にまで進行し、父親と子の結合が最終的な崩壊することから子供を保護するために、親権の変更が必要である。変更後でも、母親から子どもたちの心へのアクセスは、様々な程度で、可能である――PASを誘導する操作をどれだけ自制できるかという、母親の能力に応じてであるが。子どもを洗脳から保護するために、母親との面会は監視下で行われるのが普通である。これは虐待する父親との面会に監視がつくのと似ている。結局のところ、子供にPASを誘導することは、子どもたちが保護を必要とする虐待の一形態なのだ。

    このような事情によって、中度のPASをプログラムしている母親の親権のためには、2つの選択肢がある。大多数の、その傾向が根深くも長期にもわたらない母は、罰則にも従うし、PAS治療プログラムにも参加することができる。私の経験では、中度のカテゴリーの母親の大部分は、このタイプである。しかしながら少数の母親では、長期にわたる洗脳の傾向が染み付いていて、罰則も特別な治療プログラムも効果がないか、あるいは効果がないことが予見できる。このような状況下では、子どもを重度のPASから防御せねばならない。これが表2のプランBである。

    重度のPAS

    症状

    重度のカテゴリーの子どもたちは、通常、狂信的である。子どもたちは母親と、父親についての母親の偏執的なファンタジーを共有する共有精神病性障害の関係になる。中度のカテゴリーに比べ、主要な8つの症状の全てが見られる可能性が高い。子どもたちは空想上のことにもパニックに襲われる。彼らの血の凍るような金切り声、パニック状態、および怒りの爆発は、面会が不可能なほど深刻になることがある。父の家に連れてこられたら逃げ去ったり、病的な恐怖で固まってしまったり、継続的に挑発したり破壊的になるために、連れ去らねばならないことがある。中等度および軽度のカテゴリーの子どもとは違い、彼らのパニックと敵意は父の家では低減できないだろう、母親と長い期間、分離された後でも。軽度および中等度のカテゴリーで子どもたちの主な動機が(多くの場合、偏執的な)母親との強い健康的な結合であるのに対し、重度における動機は母親との病的な結合の強化である。

    法的なアプローチ

    PASの症例ではほんの僅かな少数派である重度のPAS(私の経験では5から10パーセント程度)では、より厳格な措置がとられなければならない。子どもの症状が緩和できる望みがいくらかでもあるのなら、最初のステップで父の家へ看護の場を移さねばならない。これが永続的な移動になるかどうかは、母親の行動に依存する。子供たちは通常、父親の家に行くことに協力しない。これはPASの家族の治療に関して私が遭遇した最も困難な問題の一つで、セラピストはこれに直面することになる。私の提言は、裁判所はそうした子どもたちを、重度のPASを誘導している母親(偏執病が認めれる場合は特に)の家から引き離すべきだということだ。しかし厳密にいえば、私のこの提言は、裁判所や一部のメンタルヘルスの専門家にはまだ受け入れられていない。これが受け入れられない原因は、子どもたちは母親から離されるべきではないという根強い考えに基づいていて、これは彼女の心がいかに病んでいても関係ない。(表記の簡便さのため、この論文ではプログラムする親のことを母親と表記している。父親よりも母親がプログラマーである事件のほうがはるかに多いからだ。しかし、同じ原則が父親に適用される、もし父親がPASのプログラマーならば。)軽度や中度の場合、私の提言は裁判所に受け入れられやすい。それは子どもを母の家から引き離さないからだ。受け入れられないもうひとつの原因は、重度のカテゴリーの子どもたちは多くの場合、彼らの父を恐れていて、父の家にいることは危険であり、さらには致命的であるかもしれないという考えを吹き込まれてきたために、転居は不可能と考えられているからだ。しかし私の危惧は痛切である;この勧告の実施を裁判所が受け入れなければ、子どもがは母の家に残され、こうなれば父との関係も、偏執病といった永続的な精神病理を引き起こすことも、ひとしく運命づけられてしまうからだ。

    母親の家から父親の家への即時転送をおこなわずに、過渡的な仲介所を経て移動することで、即時転送にともなう問題の多くを解決できる。またこの方法なら裁判所も受け入れやすくなる。この仲介プログラムの詳細を説明する前に、子の受け渡しの最中が、PAS子供のために特に困難であることを再確認したい;このような状況では、両方の親が存在するので、子供たちの忠誠葛藤が最も深刻になる。 重度のPASに苦しむ子どもたちの場合、このような状況下での移行は事実上不可能である。ふつう父親は母親の家から子どもを連れてくることはできない。もし子どもたちの転居が強制されても、子どもたちは逃げ出すだろうし、母親の自宅に戻るためにあらゆる努力をするだろう。過渡的な場所への一時的な転居は、この問題に対する優れた解決法である。このように過渡的な場所では、子供たちは両親と一緒にされることがないので、前述の葛藤は回避される。

    重度のカテゴリーの母親は、洗脳を止めるようにという裁判所の命令に容易には従わないということは、繰り返し述べておくべきだろう。実際、母親が裁判所の命令を無視することは、重度のカテゴリーでの親権交代の根拠の一つである。ここで紹介するプログラムの主な目的は、母親と子どもの分離を状況に応じて補強し、母親の子どもへの操作・プログラミングの継続的なキャンペーンから子どもたちを守ることである。したがって、最初期には、母子のいっさいの連絡は遮断される、たとえば電話や手紙などの間接的なものでも。これら全ての連絡は洗脳の継続に使われかねず、この伝統的なプログラムが成功する可能性を著しく減じてしまう。

    過渡的な場所のレベル、段階、その他

    (訳注:ここで数ページほどにわたって、この「いったん第三者のところ(過渡的な仲介所)を経由する」方法の詳細が紹介されている。大変興味深い話題だが、遺憾ながら本邦の現状からは遠く離れすぎているため、現時点ではこの部分を省略する)。



    結論によせて

    PASの診断および治療アプローチを、表1および表2にまとめた。評価者は重大な格言を忘れてはいけない:「治療する前に診断しなさい」。この重要さは、どんなに強調されても良い。非医療分野からの評価者には、この重要な原則を見失う傾向がある。適切な検査とテストを実施しないままに心臓や頭を手術することはありえない。しかし、評価者と裁判所は診断カテゴリーの帰属さえままならない状態でPASの勧告を実施することがある。

    治療または法的措置を実施する前に、PASのカテゴリーを正確に判断することの重要性が、強調されすぎることはない。これを怠れば悲惨な過誤が発生する可能性が高い。この過誤は、すべての関係者に、深刻な精神障害をもたらす原因となりえる。私は、精神医療の専門家や法廷が、軽度ないし中度のPASを重度であると無分別に間違えたといういくつかの報告を読んだ。彼女らの洗脳のレベルは最小限であり、もし親権が認められていればPASは解決したかもしれない。しかしこの母親は投獄され、親権が父親に移行したという。また私は裁判所やメンタルヘルスの専門家が、子どもの状態ではなく、母親の洗脳行為に基づいてPASを評価した例を見てきた。このような場合、子供が軽度のPASの症状を示していても重度のカテゴリーと評価され、それによって母親の親権が奪われた。

    再び、PASの診断は、プログラマーの努力ではなくて、それがどの程度に「成功」したかによる。治療は、子供が疎外されている程度だけではなく、母親が洗脳を企てた度合いにも基づく。ほとんどの場合、親権は母からは移らない。親権や監護権が移行され、子どもの引き渡しプログラムが実行されるのは、彼女が洗脳をやめられないときか、やめようとしないときだけに限られるべきだ。この場合にも移行や引き渡しが行われなければ、子どものPASは進行して、病理学的なレベルは悪化する。

    父親への母親から親権変更が無条件で支持されるのは、重度のカテゴリーだけである。しかし、中度のPASでも、これが必要になることがある;もし母親の洗脳が根深く、しかも裁判のあとでも洗脳をやめない危険があるときだ。多くの場合、これらの中度のPASの子供が重度のカテゴリーへ進行していない主な理由は、父親からの健康的な接触が保たれているからだ。このような場合には、過渡的な仲介をするプログラムは必要ない。中度のPASによって父親は悩まされているかもしれないが、子供はまだ、自分の父親と面会できているので。

    私の経験では、軽度の場合に親権移行が支持されることはまれである。しかし、母親が狂信的であって、裁判後にも洗脳をやめないだろうときには、審査官は親権の移行を考慮する必要がある。子供が軽度のカテゴリーにとどまっている唯一の理由は、おそらく父親の健康的な関与のために、プログラミングが「受け取られて」いないからだ。

    明らかにPASは、親権を帰属するためのに考慮する多くの次項のなかのひとつに過ぎない。他の要素も考慮せねばならない、しかしPASの存在は――PASのレベルとともに――妥当な親権のあり方を提言する上で、非常に重要である。



    参考文献

    Gardner, R.A. (1992) The parental alienation syndrome: A guide for mental health and legal professionals. Cresskill, NJ: Creative Therapeutics, Inc.

    リチャード A. ガードナー医学博士はニューヨーク市のコロンビア大学、内科・外科医局、小児精神病の教授である。

    この論文は最近発表されたガードナー博士のThe Parental Alienation Syndrome: A Guidle for Mental Health Professionals (1992)への補遺のための労作である。PASの分野で働く読者からの連絡先は155 County Road, P.O. Box 522, Cresskill, NJ 07626-0522である。

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